特定非営利活動法人(NPO法人)
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究極のまちづくり「こんなまちに住みたい」
サステイナブル・コミュニティとは何か

(「ネクサス」1998年12月号より)

 「よりよい住環境を提供しようと、社長就任の1989年からまちづくりに取り組んできました。世界各地のまちづくりを見てまわりました。お客様の資産価値が維持できればと、自社開発地をご購入いただくお客様方との間に、長野県景観形成条例第18条の規定による景観形成住民協定を結ぶなど、研究も重ねてきました」

 そこまでしてなお、安江高亮氏(三矢工業且ミ長、長野県北佐久郡)は、本当のまちづくりとは何かを模索しつづけてやまなかった。

 一冊の本があった。『サステイナブル・コミュニティ』。米国のまちづくりを解説した本である。一気に読み終えた安江氏は、そこに紹介されている理想郷に、完全に魅了されていた。「こんなまちがあるのか。見てみたい」。そう思った彼は、LA在住の著者・川村健一氏に連絡を取り、視察団をしつらえて渡米した。視察から1年に満たない11ヵ月後の1998年10月、安江氏はまちづくりのコンサルタント会社、潟Tステイナブル・コミュニティ・クリエイト(以下、鰍rCC)を設立するに至る。彼は何を見たのか。そしてサステイナブル・コミュニティとは、いったい何なのか。


 第2次世界大戦後の米国では、何百万人という帰還兵を中心に住宅需要が膨れ上がり、都市が一気にスプロール化した。現在もなお毎年、何百エーカーという郊外開発が行われている。このような開発地では、地域性のない画一的な住宅様式、父親の遠距離通勤、隣人との触れ合いの薄さ、環境問題など様々な問題が鬱積している。車の存在を前提に設計された郊外型の町は、ハードウェアとしては成功しているものの、情緒も含めた人間らしい生活の喪失という意味での質の低下と、資源の無駄使いという問題を残すこととなった。
 そして革命家が現れる。

永遠に持続可能なコミュニティの要件

 1982年、西海岸デイビス市の一画に、建築家マイケル・コルベットが設計したニュータウンが完成した。ビレッジホームズと呼ばれるその町は、住宅240戸の小さな町。ところが高い評価を得ていて、ロザリン・カーター元大統領夫人やミッテラン仏大統領、そして日本の川村・安江視察団と、今でも世界中から視察者が訪れている。

 まず町全体が豊かな果樹に覆われている。また畑もあり、これらを共有物として食料が生産されている。住民は無料で収穫物を採取できるし、ワインも自給可能だ。環境的には雨水の自然排水、太陽エネルギーの活用に工夫を凝らし、曲がりくねったクルドサック(行き止まり、袋小路の意)は自動車の走行を制限している。住宅の裏側には、歩行者・自転車用の小道が整備されている。その小道をはさんだ両側にはオープンスペースが確保されており、住民の交流の場、子供達の遊び場となっている。自然に親近感・連帯感が醸造される設計となっているのだ。1区画は米国の平均よりも小さいが、その分芝生の広場など、共有スペースを広くとったり(町の40%)、裏庭と共有地との間の物理的な境界をなくしたりして、住民の心に、個々の不動産という枠を越え、コミュニティに対する一体感を根付かせている。その他、様々な特長は枚挙のいとまがない。

 理想のコミュニティづくりに成功したビレッジホームズの不動産価値は、デイビス市平均の15%高になっており、現在もなお高い人気を保っている。ちなみに、コルベット氏もビレッジホームズに居を構えている。

 この町は、人間も含めた自然の生態系が永遠に持続可能であると同時に、住民達が自分の住んでいる地域に対して強い一体感がもてるような強いコミュニティを目指して建設されたのである。この基本理念を称して『サステイナブル・コミュニティ』と呼ぶ。

 安江氏と同行した印出稔氏(活出社長)は、『よく考えると、日本の隣組、農家、井戸端会議、囲炉裏、共同作業、下町、裏通り、袋小路、山村、車のない社会、前近代的な情報通信手段など、かつての「なんてことのない日本の文化」そのものが、アメリカのコミュニティづくりにおける新しい動きなのです。まるで日本の文化を逆輸入するような、割り切れない気持ちです』と視察記に書いている。

なぜサステイナブル・コミュニティか

 この理想郷を日本で創ることは可能なのだろうか。安江氏は語る。「私の住む田舎は、自然があっていいですねと言われる。とんでもありません。土地がいくらでもありそうでいて、老人が散歩して腰掛けるためのスペースなんかありません。ましてや、子供の遊び場さえない。多くの自治体は“なんとかの自然の森”とか“なんとか公園”とかを整備したなんて自慢しますが、立地は遠い郊外です。そんなところに子供が歩いていけるでしょうか。車がないと生活できない、これが日本の実態です。

 人々は人情や、自然との触れ合いや、連帯感を喪失しつつあり、田舎においてもコミュニティが崩壊しつつある。今や生活環境開発のあり方が問われているのであり、さびれゆく旧い町の活性化も含めて、新しい理念による開発方式が求められているんです。その理念がないと、都市計画は有効に機能しません」

 そして今、日本の地方に求められる理念が「サステイナブル・コミュニティ」だと言う。彼は、この言葉を次のように定義する。

 ★人間性の回復
 ★連帯感のある集落(コミュニティ)の再生
 ★資産価値の保全
 ★自然との共生

 安江氏は、鰍rCCの創業趣旨文のなかでも強く主張をしている。

 「21世紀の日本の最重要課題は“産業”ではなくて、“コミュニティ”だと確信している。それも自己責任に基づく、もっと生き生きとした民主的なコミュニティである。コミュニティは国家・社会の土壌。ところが戦後、経済ばかりに目を奪われ、よいコミュニティを創ろうとする努力が払われなかった。それゆえ政・官・財界はおろか大衆も神経が麻痺し、その結果日本株式会社は暴走した。人間性を失った荒んだ心こそ、一連の世紀末的錯乱の真因である。

 人と人、人と自然が心通わせ、できるだけ自然と富を消耗させず、家という大量の資源を使った構造体の資産価値を減価させず、快適な生活を持続させるのが、“サステイナブル・コミュニティ”。今後のコミュニティのサステイナブル化に成功したならば、家と環境にかけるトータルコストは現在よりも下がると予測する。

 今はまだ、ごく一部の“気づいた人”に限られている。が、このキーワードは環境保護・環境共生の課題を伴い、急速に社会に広がっていくだろう。米国では25年前からこの理念での開発が行われており、過去の米国から日本への業種・業態移転のタイムラグからみて、ちょうどいい時期にかかってきている。サステイナブル・コミュニティの開発、あるいは既存コミュニティのサステイナブル化の有効性と必要性の認識が、為政者と地域のリーダーたちに広まってほしいと考える」

 ものづくりの話のようでいて、ものづくりの話ではない。人の心を語るまちづくりの話である。かといって、この分野に建設産業が不可欠なのも事実。市民がよりよいコミュニティを望むとき、建設産業は助言者になれるのか。支援者か。あるいは廉価なハードウェアの提供者となるのか。あるいは主体となれるのか。

 鰍rCCの創業趣旨は、次の言葉で締めくくられている。

 「人は必ず良いまちを求めだす」


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