特定非営利活動法人(NPO法人)
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環境問題に関する国連の主要な動き

2001.07 信州まちづくり研究会事務局

【国連人間環境会議】 United Nations Conference on the Human Environment
スウェーデンの提唱により1968年の国連総会決議に基づき,「かけがえのない地球」Only One earthというスローガンのもとに,1972年6月5日から16日までストックホルムで開催された国際会議。環境問題に初めて世界的に取り組んだこの会議には,113カ国が参加し(ソ連・東欧諸国は東ドイツが招請されないので欠席),「人間環境宣言」と「人間環境のための行動計画」を採択した。同年,国連総会は,国連環境計画UNEPを創設している。なお,この会議の20周年を記念し,92年にリオデジャネイロで環境と開発に関する国連会議が開催された。(ブルタニカ国際百科事典小項目版より)

【人間環境宣言】
人間を取り巻く環境の健全な維持を求めて発せられた宣言。1972年6月,ストックホルムで開催された国連人間環境会議(上記)で採択された。人間は科学技術の進歩により,環境を変革する力を獲得したが,それを賢明に用いなければ,それが計り知れない害を及ぼすことを十分に認識して,この歴史的転換点で,自然と強調しながら,すべてのレベルでの責任をまっとうし,人間環境の保全と改善を目指して努力することが要請されている。宣言採択の過程で,乱開発,乱獲を戒めようとする工業先進国と,なお産業開発を進めて初めて健全な生活水準に到達することができる発展途上国との間に,資源観,自然観の対立がみられたが,人間と環境との調和の必然性と,人間相互の調和が環境保全にとって重要であるとの認識は一致した。(同上)

【国連環境と開発に関する世界委員会】
国連環境特別委員会ともいう。1984年,国連総会決議に基づいて設立された世界委員会。2000年以降の「持続可能な開発」を達成するための戦略を策定する役目。‘87年,未来への脅威として地球環境の現状をまとめた最終報告書「われら共有の未来」Our Common Future を発表。地球温暖化,オゾン層破壊,酸性雨,砂漠化,有害廃棄物,森林破壊などの地球規模の発生を指摘。環境保全と開発を対立するのではなく,両者を調和させ,将来の世代の経済発展を損なわないような開発を目指す必要性が強調された。これを契機に’70年代はじめから一部の開発専門家が説いていた「持続可能な開発」という概念が,開発の基本的な考え方として国際的に認められるようになった。(同上)

【環境と開発に関する国連会議】 United Nations Conference on Environment and Development; UNCED
国連環境開発会議ともいい,通称では地球サミットEarth Summitといわれる。1992年6月にブラジルのリオデジャネイロで182カ国が参加,100カ国余の首脳が演説した史上最大の会議。国連人間環境会議の20周年を記念して国連総会が開催を決議したもので,深刻化する地球規模の環境問題に対処し持続的開発を確保するため,気候変動枠組条約ならびに生物多様性条約の署名が行われ(日本を含む約150カ国が両条約に署名),環境と開発に関するリオ宣言(27の大原則),森林に関する諸原則の声明,21世紀に向けての人類の行動計画を示すアジェンダ21が採択されたが,財政支援や技術移転の面で先進国と途上国の間で利害の対立がみられた。93年に国連経済社会理事会が持続的開発委員会を設置し,国連総会は97年までに特別会期を開催することになっている。(同上)

【環境と開発に関するリオ宣言】The Rio Declaration on Environment and Development
1992年6月ブラジルのリオデジャネイロで開催された環境と開発に関する国連懐疑UNCEDにおける宣言。27原則からなり,「持続可能な開発」を進めるための基本原則となるものである。1972年6月ストックホルムで採択された国連人間環境会議宣言を再認識し,地球環境保全のため各国の主要セクターおよび国民の間に新たな協力関係を確立することを目標としている。(同上)

【地球温暖化防止京都会議】COP3
1997年12月,160カ国が京都に集まり,開催。正式名は,気候変動枠組み条約第3回締約国会議。2008〜2012年を目標年度に温室効果ガスの排出量を設定した京都議定書を採択。先進国は,2010年前後の温室効果ガスの総排出量を,全体で1990年に比べて5.2%削減すること,EUが8%,アメリカが7%,日本が6%である。排出権取引やクリーン開発メカニズムなどの骨子も決めた。‘98年にCOP4がアルゼンチンで行われたが,実質的な論議は先送りされた。(同上)


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